横浜家庭裁判所 平成11年(家)1975号 審判 2000年9月27日
主文
本件申立てを却下する
理由
第1申立ての要旨
本件申立人は、私立a大学社会学部に在籍する者であるが、実父である相手方に対し、扶養料として平成11年4月から大学卒業まで月額9万円の支払いと平成11年から平成14年までの、毎年4月末及び10月末限り、同大学の前期及び後期の授業料分として各30万円の支払いを求めるものである。
第2当裁判所の判断
当裁判所は本件申立ては、理由がないものと認め、これを却下する。その理由は以下に述べるとおりである。
1 当家庭裁判所調査官B作成の調査報告書、申立人及び相手方各本人審問の結果並びに一件記録によれば、以下の事実が認められる。
1) 申立人の母Aと相手方は昭和51年に婚姻し、昭和54年○月○日申立人、昭和57年○月○日次女Cをもうけたが、平成7年3月子2名の親権者を母Aと定める判決により離婚した。その後母Aは相手方に対し、2人の子の養育費の分担を求めて調停を申立てた。同調停では、相手方が申立人に対し、長女申立人の養育費として平成10年3月まで月額7万円を支払う、次女Cについても、18歳まで月額6万6000円を支払うとの調停合意ができた。相手方はその合意に従い、養育費の支払を続け、申立人の分については平成10年3月その支払いを終えた。
2) その後、申立人は、平成10年4月大阪府吹田市所在の私立a大学に進学し、現在同大学社会学部に在籍している。
しかし、相手方による申立人分の養育費の支払は、上記のとおり、平成10年3月で支払い終えたものの、申立人が上記大学に進学したため、入学金などの大学の費用を要することになった。そこで、母Aは相手方に対し、同大学在学中の授業料を含む学校納入金分として150万円及び申立人の生活費として月額8万3000円を養育費名下に分担するよう求め、同年6月広島家庭裁判所尾道支部に審判を申立てた。
同裁判所は、平成11年11月30日相手方に対し、大学進学費用のうち104万円及び平成10年4月1日から同年11月30日までの未払い養育費分合計33万6000円の一括支払いを命じ、かつそのほかに同年12月1日から平成11年3月31日までの間は月々4万2000円の支払いを命じる審判をなし、同審判は同年12月19日確定した。
相手方はその審判に従い、一括払いの資金を親族から借入れて支払い、そして月々の養育費の支払いも続け、平成11年3月その支払いを終えている。
3) 申立人は、平成11年○月○日成人となったが、現在も健康で上記大学に通学し、勉学に励んでいる。
申立人は奨学資金も受けていなく、勉学が忙しいとしてアルバイトもしていない。したがって、在学中の申立人の学費及び生活費は、教員をしている母Aが全額負担している。
4) 相手方は、肩書地で再婚した妻とその子とで生活し、上記審判当時と比べ、生活関係などに大きな変化はない。また、相手方の経済状態も、上記裁判所尾道支部における調査官調査の当時と比べてこれまた大きな変化はない。しかし、相手方は同裁判所の審判により、一時払いを命じられた養育費を借入れたため、その返済があって若干苦しいと述べつつも、「申立人は、実の娘であるから、本人から頼まれればできるだけのことはしてやりたい。」などと直接申立人からの援助依頼があれば努力する旨当裁判所に述べているが、申立人はこれを拒絶した。
2 ところで、通常扶養とは要扶養者と一定の親族的身分関係にある者が要扶養者の生活維持のためになす経済的給付であって、具体的な扶養義務の発生は、扶養権利者において要扶養状態にあり、かつ扶養権利者において扶養能力があることが必要である。そして、扶養権利者が要扶養状態にあるとは、要扶養者において、自己の収入及び資産でもってしては健康で文化的な最低限度の生活を維持できない状態にあることをいうと解される。扶養権利者が要扶養状態にあり、なおかつ、扶養義務者において、自己が社会的地位、身分などに相応する生活を営みつつも、なお経済的余力があるときに、初めて扶養義務者に具体的な義務が発生するものと解される。
これを親子の関係でいうと、親の子に対する扶養は、原則として未成年者である間、その子の扶養料(養育費)を負担し、病気、身体精神等の障害により自活能力がない場合などの特段の事情がない限り、親は成人後の子の扶養料は負担しないものと解する。
言いかえれば、扶養義務者は、自己の成人に達した子に対しては、扶養義務として、特段の事情がない限り、扶養権利者である子に高等教育を受けさせるべき義務を負わないものということになる。
なお、扶養義務者である親が、成人に達した大学在学中の子に対し、その学費及び学生生活費を負担していることが世情よくあるが、これは扶養義務者である親において、親子の情愛などから、自発的かつ任意に、その子の高等教育費を負担しているものであって、この事実をもって親に子に対する法的な扶養義務を負担しているものと見るのは相当でないものと解する。
もちろん、親と子の間で負担する旨の約束がなされた場合あるいは約束がないとしても、子に精神あるいは身体の障害があって潜在的稼働能力がなく、到底自活することができないような場合に、子が自立自活するべく、成人後に知識や技術の獲得を目指して大学などの専門教育を受ける場合などの特段の事情がある場合には、扶養義務者である親が成人後の扶養権利者である子のため修学の費用を負担すべきものと解する。
3 そこで、本件において、相手方が扶養義務を負うべきか否か検討してみると、上記の認定のとおり、本件申立人は相手方の子であり、現在私立大学生であって稼働していなく、その学生生活費(学費を含む。)のすべてを母Aにまかなってもらっている状態にあって自活していないことは明らかである。しかしながら、申立人は健康体の成人であって、その知的能力は問題がなく、身体的にも何らの障害も認められない。してみると、申立人の潜在的稼働能力は十分というべきである。そして、本件申立人の現在の生活状態は、生命維持ないし生存に著しい困難があるものとは窺われず、ただ高等教育機関である私立大学の教育を受けるのに、母Aの援助を受けなければ経済的に困難な事情が生じているに過ぎなく、これをもって申立人が要扶養状態にあるものとはいえない。申立人が大学教育を受け続けるに際し、その学生生活費が欠乏ないし不足するなどの経済的困難が生じた場合には、例えば、親や親族に懇請して授助を受けるとか、親族または友人から学費を借受けるとか、アルバイトをするとか、奨学金を受けるとか、場合によっては一時体学して稼働し、修学資金を貯蓄する等の生活形態を改善するなどの工夫をして勉学資金を獲得すべきであり、この勉学資金を親が当然に負担する義務があると考えるのは相当でないものと解する。
また、相手方は実子である申立人とは、離婚後面会する等の愛情的交流をまったく持っていなく、かつ申立人から進学について何らの相談も受けず、学費などの分担の協力依頼も受けていない。してみると、相手方が母Aや申立人に対し、大学生活費などの援助を約束をしたものと認めることもできない。その他本件において、相手方が成人後の申立人の学生生活費を負担すべき特段の事情を認めることができない。
したがって、当裁判所は本件申立人が要扶養状態にあるものとはいえないと判断したのである。
なお、本件申立人は、上記のとおり、未成年者であった期間中は相手方から大学の学費などの学生生活費の一部を負担してもらっていたものの、成人後は、離婚以来親権者として申立人を養育監護してきた母A一人に学費などの学生生活費全額を負担してもらっている実情にある。この母Aの負担は決して軽いものでないことはいうまでもないが、母Aの上記負担は、同人が申立人の希望と将来を思案し、申立人の大学進学を認めて負担しているのであって、これは申立人に対する母の愛情の発露と認められ、申立人はこの大いなる母Aの努力に対して、感謝の念を持ちつつ、母の期待と希望をも実現すべく、可能な限りの努力をすべきである。しかしながら、母のこの分担を解消または軽減するため、申立人の成人後の大学生活費について、そもそも負担義務を負わない相手方に扶養料として相当額の支払いを求めることは許されないというべきである。
4 以上の次第であるから、当裁判所は申立人が要扶養状態にないものと認め、その余の判断をするまでもなく本件申立ては理由がないものと判断したのである。
なお、仮に、申立人が要扶養状態にあるとしても、相手方がその地位身分に相応の生活を営むと、経済的余裕がないものと窺われ、余力すなわち扶養料分担能力がないものと認められる。
第3よって、当裁判所は主文のとおり審判する。